焚き跡の村 ノランディス

Nolandis
雰囲気・景観
ノランディスは、深い森の中に開けた不自然なほど広い草地に築かれた村である。
周囲の森林は濃い緑に覆われているが、村の中心部だけは樹木が少なく、畑、果樹園、養蜂地が緩やかな起伏に沿って広がっている。この開けた土地は自然に生まれたものではない。A.D.124年の分裂の抗争で焼き払われた森の跡である。
現在では若い木々が育ち、焼け跡の大半は草地や農地へ変わっている。それでも、村の各所には戦火の痕跡が残る。
畑を耕すと炭化した梁、鏃、割れた陶器が掘り出される。森との境界には幹の半分を焼かれながら生き延びた古木が立ち、村人はそれらを「残り木」と呼んで伐採しない。古い石垣や井戸の一部には、炎を受けて黒く変色した石がそのまま使われている。
家屋は低い木造建築が中心で、石と粘土で固めた壁、板葺きまたは草葺きの屋根を持つ。戦後に各地から戻った者たちが、それぞれ異なる方法で家を建てたため、アストランド式の切妻屋根、森の民の影響を受けた曲線的な軒、古いテライナ風の土壁が混在している。
村の中央には大きな広場や領主館はなく、共同井戸と集会小屋、その傍らに一本の焼けた大樹が立っている。
この大樹はすでに枯れているが、伐られることなく保存されている。幹には戦死者、焼死者、行方不明者の名を記した木札や石片が結ばれている。正式な記録に残っていない者については、名前の代わりに家紋、動物、花、仕事道具などが刻まれる。
ノランディスは「再生と共生を象徴する村」として公的に紹介されることがある。しかし、村人自身はその表現をあまり好まない。
彼らにとって、この村は美しい理念の象徴ではなく、
焼かれた土地に、それでも人が戻って暮らし続けた場所
だからである。
地理・環境
ノランディスは、カーラズ公爵領南部の森林地帯に位置する。
公都エンウッドからは南東へ延びる林道で結ばれており、徒歩では数日を要する。
東方の森を進めばリエスへ至り、北東の山道はドレンブリクの鉱山地帯へ通じている。
ただし、いずれの道も大規模な街道ではない。
雨季には道が泥濘み、冬には倒木や積雪によって通行が妨げられる。
荷馬車が安定して通れるのは、エンウッド方面とドレンブリク方面の一部に限られる。
周辺は湿潤な冷温帯林であり、春と秋には濃い霧が発生する。夏は短く、冬は冷え込むが、北部山岳地帯ほど厳しくはない。
村の中心部は戦時の焼け跡によって開けた浅い盆地となっている。
焼失直後は表土が流出し、作物の育たない土地だったが、住民が長年にわたって腐葉土、家畜の糞、木灰を混ぜ、少しずつ農地へ戻した。
現在は以下の作物が栽培されている。
- ライ麦、大麦
- 豆類
- 蕪などの根菜
- 耐寒性のある林檎
- 薬草
- 蜜源となる草花
焼け跡には、火の後にいち早く育つ赤紫色の花が群生する。この花から採れる濃い色の蜂蜜は「焚き跡蜜」と呼ばれ、ノランディスを代表する産物となっている。
■ 森との境界
村の耕作地と森林の境界には、「灰境」と呼ばれる細長い共有地がある。
ここでは村人が薪、木の実、茸、薬草を採取することを認められているが、生木の伐採には村の許可が必要となる。
残り木、埋葬樹、祭祀に使われる木は伐採できない。
この規則は信仰上の理由だけでなく、過剰な伐採によって土砂崩れや洪水が起こることを、村人が経験的に知っているためでもある。
■ 旧鉱区
村の北東、ドレンブリクへ向かう山裾には、放棄された古い鉱区が存在する。
坑道の一部は人間の入植以前にドワーフのファイアハート族が掘ったものと考えられている。
後世にカーラズ家が拡張し、戦時中には物資や兵士を移動させる地下補給路として利用された。
分裂の抗争後、坑道は崩落と有毒な地下気によって封鎖されたとされている。
しかし、実際には一部の通路が残っており、
アンダーダーク浅層を経由する秘密通路「カーラズの裂け目」へ接続している可能性がある。
近年、旧鉱区周辺では以下の異変が報告されている。
- 硫黄とも腐敗臭とも異なる臭気
- 地下から響く金属音
- 夜間に見られる青白い光
- 家畜の失踪
- 見慣れない茸や苔の発生
- 封鎖されたはずの坑道付近に残る足跡
村人の一部は、密輸人が坑道を使っているだけだと考えている。しかし年長者は、「地下で何かが道を掘り直している」と語る。
歴史
■ 森の中の古い集落
ノランディスの前身となる集落は、アストランド王国成立以前から存在していた。
当初は森の民を中心とする小さな共同体であり、定住者だけでなく、狩猟や採集のために季節ごとに訪れる者も利用していた。後にアストランド人とテライナ人が移住し、森林資源と山岳地帯を結ぶ中継集落へ変化した。
住民の混血と同化は早い時期から進んでおり、A.D.124年頃には外見や姓だけで出自を区別することは難しくなっていた。
アストランド王国の行政上はカーラズ家の所領だったが、実際には村の長老たちが森の利用、婚姻、土地の分配、狩猟期を決める半自治的な村だった。
■ ドワーフ鉱区と森林道
村の北東には、ドワーフが開いた古い鉱区が存在した。
鉱区の規模はドレンブリクほど大きくなく、王国成立後には主要な鉱脈が枯れたとして放棄された。しかし坑道と森林道は残り、山岳地帯から木材、鉱石、食料を運ぶための経路として利用された。
カーラズ家はこの道を軍事的にも重要視した。分裂の抗争が始まると、ノランディスは南方森林へ軍を進めるための補給地点となった。
■ A.D.124年――ノランディスの焼失
分裂の抗争において、カーラズ軍は南進路と森林資源を確保するため、ノランディス周辺へ部隊を派遣した。
村人の一部は軍へ物資を提供したが、別の住民は森の奥へ逃れた者やエルフへ食料と情報を渡していた。そのためカーラズ軍は、ノランディスを補給拠点であると同時に、敵対勢力の協力地と見なすようになった。
やがて森の中でカーラズ軍と、住民、森の戦士、少数のエルフを含む抵抗勢力との戦闘が発生した。
敵を森から追い出すため、第三灰槍軍の一部隊が森林へ火を放った。火は乾いた風に煽られ、軍が予測した範囲を越えて広がった。
ノランディスの集落、畑、養蜂林、周辺森林が焼失し、住民だけでなく、撤退できなかった兵士や負傷者も炎に呑まれた。
カーラズ軍の公式記録では、
敵対勢力が退却に際して集落と森へ放火した
とされた。
しかし、ノランディスの生存者は、
火を放ったのはカーラズ軍であり、軍は敵が森へ戻ることを恐れて消火を許さなかった
と伝えている。
関係する命令書、部隊報告、死者名簿は戦後エンウッドへ集められ、その多くが封印記録となった。
■ 離散と帰還
焼失後、ノランディスは数年間にわたって放棄された。
生存者はリエス、エンウッド周辺の農村、寺院、森の奥の集落へ分散した。身寄りのない子どもの一部は、エンウッドの孤児院や宗教施設へ送られた。
分裂の抗争が終結すると、かつての住民とその家族が少しずつ戻り始めた。
帰還者には、森の民の血を引く者、アストランド人、テライナ人だけでなく、戦争で家族を失った者、軍を離れた兵士、他の焼失村から来た者も含まれていた。
アシュラ・ヴァインの祖父も、この時期に帰還者をまとめた人物の一人である。彼は土地の出自や戦時中の立場を問わず、村を再建する者には住居と農地を分ける方針を採った。
現在のノランディスは、この再建共同体を直接の起源としている。
■ 火の沈黙祭の成立
村の再建後、焼失した日を記憶するため、「火の沈黙祭」が始められた。
当初は遺族が個別に火を消し、死者を悼むだけの習慣だった。やがて村全体が日没から翌朝まで火を使わない共同祭祀となった。
この夜は、炊事、暖炉、鍛冶、灯火、煙草を含め、意図的に起こされる火がすべて禁じられる。食事は日没前に用意され、人々は月明かりと暗闇の中で夜を過ごす。
祭りでは、カーラズ軍の犠牲者と村人を分けて弔わない。
名の分からない者についても、焼けた大樹の根元へ無銘の石が置かれる。
夜明けになると、村の女性たちが火打石を使って新しい火を起こす。その火は共同炉から各家庭へ分けられる。前年の火を残さず、毎年新しく起こすのが決まりである。
■ 土地記録を巡る問題
再建時の住民は、カーラズ家から正式な土地所有権を与えられたわけではない。
公爵家はノランディス一帯を「戦後回復地」として扱い、住民には耕作権と居住権だけを認めた。戦前の土地台帳の大半が焼失しているため、村人の権利は口伝、境界石、埋葬樹によって証明されている。
エンウッドの言霊の館は、これらを正式な証拠として完全には認めていない。
そのため、公爵家や鉱山業者が新たな森林利用権を発行した場合、村人が長年守ってきた土地であっても、「公的には所有者のいない土地」と判断される危険がある。
■ A.D.191年頃――銀灰の夜以後
カーラズ領中央部で「銀灰の夜」が発生した後、逃亡者の一部がノランディスを通過したと考えられている。
村が彼らを匿ったという証拠はない。しかし事件以後、エンウッドから監査官や秘儀監視団員が訪れる回数が増えた。
特に以下のものが監視対象となっている。
- 出生と婚姻の記録
- 森の民の血を引く家系
- エルフとの接触
- 精霊との契約
- 旧鉱区への出入り
- 「二つの月」との関係
- 村を通過する旅人
この頃から、村人は公的な記録と村内の記録を分けて残すようになった。
■ A.D.201年――現在
現在のノランディスは、人口千人に満たない森林村である。
戦争から約77年が経過し、実際に焼失を経験した人間はほとんど残っていない。それでも、焼けた大樹、残り木、無銘の石、土地を巡る争いによって、戦争は過去の出来事になっていない。
近年はドレンブリク方面の魔鉱開発が拡大し、鉱山業者が輸送路と坑木を確保するため、ノランディス周辺の森林伐採を求めている。
公爵家にとっては領内産業の発展であるが、ノランディスにとっては、ようやく戻りつつある森が再び失われる問題である。
産業と交易
ノランディスの経済は、小規模農業、養蜂、薬草採取、森林資源によって成り立っている。
■ 焚き跡農業
焼失地を再生した農地では、ライ麦、大麦、豆類、根菜が栽培されている。
土地ごとの状態には大きな差があり、よく肥えた畑のすぐ隣に、いまだ作物が育ちにくい痩せ地が残っている。住民は家畜の糞、腐葉土、木灰を混ぜて土を改良し、畑を数年ごとに休ませる。
収穫量は多くないが、村内の食料をある程度まかなえる。
耐寒性のある林檎からは、保存用の乾燥果実と酸味の強い林檎酒が作られる。
■ 養蜂
養蜂はノランディスを代表する産業である。
焼け跡に広がる花、森の縁に咲く薬草、果樹園を利用して複数種類の蜂蜜が採られる。
特に有名なものは以下の二つである。
- 焚き跡蜜
焼失地に群生する赤紫色の花から採れる、濃色でわずかに苦みのある蜂蜜。 - 霧森蜜
森の縁の薬草や白い小花から採れる、淡い色と強い香りを持つ蜂蜜。
蜂蜜は食用だけでなく、保存食、薬、傷薬、蜜酒、宗教儀礼にも使われる。
バルス・ダンモアは村でも有数の養蜂師であり、若者や戦争帰りの者へ仕事を教えている。
■ 薬草と香油
森の縁では、解熱、止血、鎮痛、虫除けに使われる薬草が採取される。
村の女性たちを中心に、薬草を乾燥させ、油や蜜へ漬け込む技術が伝えられている。ノランディスの香油はエンウッドやサイレインへ送られ、治療所、研究施設、宗教施設で使われる。
一部の調合はアローナ信仰の儀礼と結びついているため、村外へ製法を明かさない。
■ 精霊木・霊香木
ノランディス周辺では、儀礼用の木材や香料となる樹脂も採取される。
ただし、村の規則では精霊木を自由に伐採することはできない。落枝、倒木、嵐で折れた枝、森番が伐採を認めた木だけが利用される。
このため流通量は少なく、価格は高い。
ドレンブリクやエンウッドの商人は伐採量を増やすよう求めているが、村は拒み続けている。村の許可を得ずに木を伐る盗伐者も存在し、森番との衝突が起きている。
■ 交易関係
主要な取引先はエンウッド、リエス、ドレンブリクである。
- エンウッドへ送るもの
蜂蜜、薬草、香油、林檎酒、儀礼用木材 - エンウッドから受け取るもの
塩、布、鉄製品、陶器、公文書、許可証 - リエスとの取引
種子、薬草、伝承、婚姻、森の利用情報 - ドレンブリクとの取引
鉄製農具、釘、刃物、鉱石加工品
ドレンブリクとは生活上の結びつきがある一方、鉱山拡張と森林伐採を巡って対立している。
■ 地下の闇取引
旧鉱区を通じ、表の記録に残らない品物が運ばれているという噂がある。
- ドレンブリク産の紅黒石
- 禁制の魔術触媒
- エルフ領から流出した工芸品
- 登録されていない魔法具
- 逃亡者
- 封印記録の写し
- 地下世界で採取された茸や毒物
村人の大半は地下道へ近づかない。しかし、密輸人が村内の誰の助けも借りずに活動を続けられるとは考えにくい。
統治と権力構造
■ 名目上の領主
ノランディスはカーラズ公爵領に属し、最終的な統治権はガリウス・カーラズ公爵にある。
村には公爵家の代官や常駐兵は置かれていない。租税の徴収、土地の確認、事件の調査が必要な場合にのみ、エンウッドから役人が派遣される。
この距離が村の自治を守っている一方、森林や土地を巡る争いでは、村側の権利が軽視される原因にもなっている。
■ 村長と灰根会
村長は住民の合議によって選ばれるが、就任にはエンウッドの承認が必要である。
村長を補佐するのが「灰根会」と呼ばれる寄合である。名称は、焼けた木の根から新芽が出たことに由来する。
灰根会には以下の者が参加する。
古くから住む家の代表
帰還者の家系の代表
農地の管理者
養蜂師
森番
アローナ信仰の祭司
鍛冶師や大工など主要職人
主な役割は、農地の分配、森林利用、婚姻や相続の証明、祭礼、村の防衛である。
公爵家の法と村の慣習が食い違う場合、灰根会は可能な限り問題を村内で処理し、エンウッドへ持ち込まない。
■ アシュラ・ヴァイン
若い女性村長であり、戦後のノランディス再建を主導した人物の孫。
実際には人間とエルフの血を引くハーフエルフだが、対外的には「森の民の血が濃い人間」と名乗っている。村内でも真実を知る者は限られている。
アシュラは、村の土地と森林を公的に認めさせるため、エンウッドとの交渉を続けている。同時に、祖父が残した記録を手掛かりとして、東方のエルフとの対話を試みている。
彼女は公爵家との全面対決を望んでいない。
村が反逆者の拠点と判断されれば、ノランディスが再び焼かれる可能性を理解しているからである。
■ バルス・ダンモア
元傭兵であり、現在は養蜂師。
顔から首、片腕に火傷痕が残っているが、これは分裂の抗争によるものではなく、後年の傭兵時代に経験した野営地の火災によるものである。
戦場を離れた後、ノランディスへ移住し、養蜂を始めた。言葉数は少ないが若者から尊敬されており、村の自警団に戦い方と退却の判断を教えている。
アシュラを支持しているが、エルフとの接触については慎重である。
■ 森番
ノランディスの森番は、単なる猟師や伐採監督ではない。
森林境界の巡回、密猟者の監視、遭難者の救助、魔獣の確認、埋葬樹の保護を担う。精霊や自然魔法に関する知識を持つ者もいるが、それを公には語らない。
森番には公爵家の正式な捜査権や逮捕権はない。このため盗伐者を捕らえても、相手が公爵家の許可証を持つ商人であれば処罰できない場合がある。
■ 村の守り
村を囲む城壁はない。
獣や盗賊への備えとして、森との境界に見張り台が数基設けられている。危険が迫ると、共同井戸近くの鐘が鳴らされる。
成人住民の多くは弓、槍、鉈の扱いを知っているが、常備の兵士は存在しない。必要な場合は二十名前後の自警団が編成される。
大規模な襲撃に耐えられる村ではないため、戦うことよりも、子どもや老人を森の避難場所へ逃がすことが重視されている。
■ 主な対立
現在のノランディスには、以下の問題が存在する。
- 村の慣習的な土地権と、公爵家の公的土地台帳
- 森林保護とドレンブリクの鉱山開発
- エルフとの対話と、エンウッドへの忠誠
- 精霊信仰と聖カスバート教会の監視
- 旧鉱区の封鎖と、地下道を利用する密輸
- アシュラの出自を守る者と、それを政治的に利用しようとする者
- 戦争の真相を公表することと、村の安全を守ること
宗教
ノランディスでは、アローナ信仰を中心に、オーバドハイへの古い信仰と、聖カスバート教会の公的な影響が重なっている。
■ アローナ信仰
村で最も広く信仰されているのは、森、生命、動物、再生を司るアローナである。
信仰の中心となるのは、焼け跡と森の境界に建つ小さな礼拝堂である。建物は石と木で造られ、壁や屋根を蔦と苔が覆っている。礼拝堂には扉がなく、森の動物が自由に出入りできる。
祭司役は主に女性が務める。
彼女たちは宗教儀礼だけでなく、出産、治療、薬草の管理、埋葬、孤児の保護にも関わる。このため、灰根会でも強い発言力を持っている。
ノランディスでは、アローナは単に「森を守る女神」ではない。
焼けた土地に草木を戻し、失われた家族の後にも新しい命を生かす存在として信仰されている。
■ オーバドハイ信仰
村外れの森には、低い石を円形に並べた古い祭祀場がある。
これは森の民の定住以前から存在した可能性があり、現在はオーバドハイを信仰する年長の森番や猟師が管理している。
アローナ信仰が生命の保護と再生を重視するのに対し、オーバドハイ信仰は、火災、嵐、捕食、死を含む自然の循環そのものを受け入れる。
両者は対立していないが、森の扱いを巡って意見が分かれる場合がある。
アローナの祭司が「傷ついた森を守るべき」と主張するのに対し、オーバドハイのワーデンは「森は人間の保護がなくとも変わり続ける」と答える。
■ 聖カスバート教会
ノランディスには小規模な聖カスバートの祈祷所があるが、常駐司祭はいない。
エンウッドから巡回司祭や記録官が訪れ、婚姻、出生、死亡、土地契約を確認する。教会は火の沈黙祭を禁じてはいないが、その意味を「戦争における反逆と無秩序を悔いる日」と解釈しようとしている。
村人はこれに反発している。
ノランディスにとって火の沈黙祭は、誰が正しかったかを教会が裁くための日ではなく、命を奪った火の前で誰も弁明しないための日だからである。
■ 火の沈黙祭
火の沈黙祭は宗派を越えた村全体の祭礼である。
日没前にすべての食事を用意し、炉、灯火、鍛冶火を消す。夜間は火を起こさず、攻撃魔法だけでなく、光や炎を生む日常魔法も使わない。
人々は焼けた大樹の周囲へ集まり、死者の名を一度だけ読み上げる。
その後は夜明けまで、歌、説教、演説を行わない。泣くことや小声で会話することは禁じられていないが、死者の意味を誰かが決めることは避けられる。
夜明けには新しい火が起こされ、各家庭へ分けられる。
最初にその火で温められるのは食事ではなく、水である。温めた水は死者へ捧げられ、その後、子ども、老人、病人へ配られる。
■ 埋葬樹
ノランディスでは、死者を土葬し、その上に樹木の苗を植える習慣がある。
これは森の民の葬送文化に由来するが、現在では出自を問わず多くの住民が行っている。
墓地は明確な区画ではなく、村の外縁に広がる若い森そのものである。樹木の根元には小さな石が置かれるが、大きな墓碑は建てられない。
焼失以前から残る埋葬樹もあるといわれるが、どの木が誰の墓であるかは、すでに分からなくなっている。

