トゥワナ村

Kurumati
トゥワナ村の雰囲気・景観
ケトゥマ島の南端に近づくと、潮の匂いが一気に強まり、
遠くに沖へ停泊した大型帆船の影が見えてくる。
その周囲を、羽のように軽い外洋カヌーが滑るように行き交い、
荷物と人を小舟へ移す光景が朝から晩まで続いている。
海辺では、南洋布を纏った商人と、
ケトゥマ島固有の灰色がかった髪と青灰の瞳を持つ人々が混じり合い、
言葉も文化も入り乱れながらも自然と調和している。
ここは南部群島の入口である。
地理・環境
トゥワナ村はケトゥマ島南端の入り江に面する港村であり、
しかしその海岸線は 遠浅でサンゴと砂が混じる複雑な浅瀬になっている。
● 地形の特徴
- 水深が浅く、大型船は接岸不可
- 波は穏やかだが潮位差が大きい
- サンゴ礁帯が天然の防波堤となる
- 陸側は森と丘陵が迫り、港は扇状に広がるのみ
このため、村の港は 外洋カヌーと小舟のための“軽船港” として発達し、
アストランド式・ピエルニア式の大型船は 沖合1?2kmで停船しなければならない。
● 気候
- 年間を通じて温暖
- 夕方は海風が強く吹く
- スコールが多いが短時間で晴れる
港周辺には乾燥棚と工房が多く、
海沿いは常に潮風と樹脂の香りが混ざっている。
成り立ち・歴史
● 外洋航海の拠点としての発展
トゥワナ村は、元々は外洋カヌー乗りの拠点だった。
南部群島の航海者たちは、
“ラティ=ヴァカ(外洋二胴カヌー)”と呼ばれる船を伝統的に使い、
星・風・潮流・波紋を読み、
島と島の間を外洋へ出ながら渡っていた。
そのため、トゥワナ村は自然と
航海技術を継承する家系が集まる半島の海上学校
のような役割を担ってきた。
● ケトゥマ島へのエスト帝国起源の血の流入
古い記録では、数世代前に
“白い髪と灰色の瞳の人々”が外洋から流れ着いたとされる。
彼らはのちにケトゥマ島各地へ散り、
トゥワナにも小規模な血統が受け継がれることになった。
この血統は現在、以下のように認識されている:
- 灰色~銀色の髪
- 青灰の瞳
- 太陽光に焼けてもあまり肌色が濃くならない
- 航海と計算に長ける者が多い
そして島民たちは彼らを “波を読む民(People of the Wake)” と敬意を込めて呼ぶ。
● ディング王国との関係
王国が南部を統治下に置いたのちも、
トゥワナ村は“外洋技術の中心地”として重要視され、
支配されるより“利用される”形で発展した。
大型船が寄港できない地形であったことが、
逆に 自治性を守る盾にもなっている。
文化
トゥワナ村の文化は、
外洋航海・木工船大工技術・港の賑わい
の三つが柱である。
● ① 外洋航海文化
村の象徴はやはり ラティ=ヴァカ(外洋カヌー) である。
- 風を受ける柔軟な帆
- レクシ軽木を主体にした浮力の高い船体
- 星図を持たず、星を“読む”ことで航路を決める
- 進水式は必ず夜に行われ、精霊へ祈りを捧げる
子どもたちは10歳になるころには
潮流の読み方を学び、若者たちは儀礼として“外洋試練”に出る。
星を読む技術はエスト帝国由来であり、もともと存在した造船技術と合わさって外洋航海技術が発展した。
● ② 船大工の技術
トゥワナの船大工は、ケトゥマ島でも屈指の技術を持つ。
使われる素材はクルマティ産木材:
- レクシ軽木:軽くて強い、船体の主材
- カリマ香木:防虫効果があり香りが良い。船室や帆柱に
- 深紅樹の染料:帆や飾りに使用
外洋カヌーは村の“芸術”であり、
村の名誉そのものでもある。
● ③ 港の賑わい
トゥワナは島内で最も 多文化的な港 である。
理由は、沖合停泊している大型船から人と荷物が次々と小舟で運ばれてくるため、
村の岸辺は常に活気に満ちているからだ。
- 色布を巻いた南洋人
- 灰髪の“波を読む民”の家系
- ディング商人
- 砂漠語を話すキャラバンの使者
- ときにアストランドからの冒険者も
こうした雑多さを村は受け入れ、
互いを咎めずに共存している。
宗教
ここでは 海と風の精霊信仰 が根強く残っている。
- 出航前には必ず海へ塩と花弁を投げる
- 帆柱には“風の守り布”を巻く
- 夜の潮が静かな日は“精霊の歩く日”とされ出航しない
プロカン神殿はあるが、小規模で、
外来者のための祈り場という側面が強い。
村人は精霊との関係を「海との対話」と捉えており、
宗教というより 生活のリズムそのもの として扱っている。

